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宣言書(manifesto)
第3部
人類と宇宙の関係に関しては、それが相互依存に基づいていると私達は信じています。人が地球の子どもであり、そして地球は宇宙の子どもであるので、従って人は宇宙の子どもです。人間の肉体を構成している原子は自然の中から発生し〈宇宙〉の範囲内にあるものです。このことにより天体物理学者は「人は星々の子どもである」と言っています。人は宇宙の恩恵を受けているにもかかわらず、宇宙もまた人間に多くを負っているということ、もちろんその存在ではなく、存在の理由を負っているという事にも注目しなければなりません。事実、もし人間の目がそれを熟視することがなかったとしたら、宇宙とはどんな物になってしまうでしょうか。もし人間の意識がそれを抱(いだ)かないとしたならば、もし人間のソウルがそれを映すことをしなかったならばどうでしょうか。宇宙と人間はお互いを知り、認めるためにさえお互いを必要としています。このことは私達にかの有名な格言を思い起こさせます。「汝、自身を知れ、さすれば汝は、〈宇宙〉と〈神々〉を知ることになる。」
にもかかわらず、〈創造〉の概念を人間中心的に推論すべきではありません。事実、私達は人間を〈聖なる企画〉の中心にしてはいません。むしろ人間を、私達の関心の中心にしていると言いましょう。私達の見解では、地球上の人間の存在は単なる偶然の結果ではありません。むしろそれは一般には〈創造主(神)〉と呼ばれている〈普遍的知性〉に由来する意図の結果です。〈創造主〉は〈彼の超越性〉のために把握不可能で理解できないにもかかわらず、〈創造主〉が〈創造〉を通して表現している諸法則はそうではありません。先程述べたように、これらの諸法則を学習し自身の物質的、霊的幸福のために応用する力が、それは責任ではないとしても、人にはあります。この学習と応用に、自身の存在理由のみならず幸福もまた存在すると私達は信じてさえいるのです。
人間の宇宙との関係はまた、〈地球〉外のどこかに生命が存在するかという疑問を生じさせます。私達は存在すると確信しています。宇宙にはおよそ千億の銀河があり、それぞれの銀河にはおよそ千億の恒星があるので、そこにはおそらく私達のものと似た何百万もの太陽系が存在しているものと思われます。結論として、私達の惑星にのみ生き物が住んでいると考えることは、一種の自己中心主義を構成しているばかげた考えであるように思えます。他の世界に住んでいる生命形態の中で、あるものはおそらく地球上のものよりも進化していて、あるものはそれ程進化していないでしょう。しかしそれらは皆、同じ〈聖なる企画〉の一部であり、〈宇宙的進化〉に参加しています。地球外の生命が人間とコンタクトできるのかどうかについては、このことが起こるであろうと私達は感じています。しかし私達はこれを待つことに多くの時間を費やしてはいません。私達には他にするべき諸事があります。いずれにせよ、この接触が起こる日が到来するでしょうし、そしてそれは前代未聞の出来事となるでしょう。まさに人類の歴史はその時、〈普遍的宇宙生命〉の歴史に混じり合うことになります…。
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後書き
EPILOGUE
親愛なる読者の皆さん、
これらのことこそが、この〈宣言書〉を通して皆さんに私達がお話ししたかったことです。あるいはこれは皆さんにとっては人騒がせなものに思えたかもしれません。しかしまさに私達の哲学からして、私達が理想主義者であり、同時に楽観主義者でもあることを皆さんに請け合います。つまり私達は、人類とその運命を信頼しています。人間が科学、技術、建築、芸術、文学、その他の分野で創造してきた最も有用で美しい作品を考慮する時、そして驚嘆、同情、愛などを感じ、表現することのできるという人間の最も高貴な感性を考慮する時、人間は本来聖なるものであり、より大きな善に向って自身を乗り越えて行く能力があることを私達は疑うことはできません。この点から、再び非現実的な理想主義者だと思われてしまうリスクを厭(いと)わず、地球を平安、調和、友愛の場所にする力が人類にあることを私達は信じます。それは議論の余地なく、人類にかかっているのです。
現在の世界の状況は望みがないのではなく、気にかかるのです。最も私達の関心事になっているのは人類の状態というよりは、私達の惑星の状態です。事実私達は、人間のソウルが不死であることから、この進化をなし遂げるためには全くの永遠の時を有しており、人間の霊的進化の見地からは時間は全く重要ではないと思っています。他方地球は、少なくとも人類のための生存環境としては、真に脅かされています。時間は地球に対しては終りに近づきつつあり、その保護が21世紀には絶対に必要であると私達は信じています。この目的のためにこそ、政治、経済、技術、科学、そして他のすべての人間活動の分野がその努力を結集するべきです。人間が自然界の諸法則、より広い意味では聖なる諸法則と調和して生きることによってのみ幸福を見出すことができるということを理解するのは本当にそんなに難しいことなのでしょうか。さらに、人間が自分自身の関心事を、より高貴なものにする手段を持っていると認めることはそんなに不合理な事でしょうか。いずれにしても、もし人間が物質主義を追求し続ければ、最も暗い予言が実現し、誰一人として逃れられなくなります。
人が持っている政治的観念、宗教的信念、哲学的確信が何であるかはほとんど問題ではありません。あらゆる不和分裂のための時間はもはや過ぎ去っています。協調、すなわち共通の善へ尽くすことにおいて、相違があってもひとつに協調する時が今や熟しています。このため私達の友愛組織には、キリスト教徒、ユダヤ教徒、イスラム教徒、仏教徒、ヒンズー教徒、精霊信仰者、懐疑主義者さえ並んでいます。またこの組織には、あらゆる社会的階級に属する人も、見覚えがあるであろうあらゆる政治的運動を代表している人も含まれています。男女は完全に同じ地位にあり、各会員には同じ権利が与えられています。相違がある中でのこの協調が、私達の理想と〈エグレゴア〉(精神的霊的集合意識)に力を与えてきました。これは私達が最も大事に育(はぐく)んできた美徳が寛容、言い換えれば「異なってある権利」であるという事実の反映です。このことで、私達は自分たちを賢人とは呼びません。というのも知恵は他の多くの徳を包含しているからです。むしろ、私達は自身を哲学者(philosopher)、その英語の本来の意味で「知恵を愛する人」と考えています。
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この「姿勢」を封印し、そして私達の〈友愛組織〉の印を押す前に、プラトン的な言葉の意味で「
バラ十字的ユートピア」と呼ぶことのできるものを表明する祈願によって、この書を終えたいと思っています。私達はいつの日にか、人類のより大きな善のためにこの〈ユートピア〉が実現することを、すべての人々の善意に訴えています。おそらくその日は決して来ないでしょう、しかし、もしすべての人がそのことを信じようと努め、それに従って行動するならば、世界はその時その行いによって、より良くはなることだけはできるのです…。
バラ十字的ユートピア
ROSICRUCIAN UTOPIA
すべての人間の創造主(神)、すべての生命の創造主よ、
人類に私達は次のような夢を見ている。
- 政治家たちは心の底から人道主義的であり、共通の善に尽くすために努力している。
- 経済の専門家たちは洞察力を持って、すべての人の利益のために国家の財政を管理している。
- 科学者たちは精神的霊的であり、〈自然の書〉の中にインスピレーションを求めている。
- 芸術家たちはインスピレーションに満ち、作品の中に〈聖なる企画〉の美と純粋さを表現している。
- 医師たちは同胞への愛を動機として、ソウルと肉体の両方を治療している。
- すべての人々が幸福に人生を送るのに必要なものを持ち、苦痛と貧困は消滅している。
- 仕事は面倒な作業ではなく、成長と幸福の源(みなもと)と見なされている。
- 自然は、すべての殿堂の中の最も美しい殿堂と考えられている。そして動物は、進化の道の途上にある私達の兄弟と考えられている。
- 〈世界政府〉が存在していて、すべての国家の指導者によって構成されていて、すべての人類の利益のために働いている。
- 霊性は〈普遍的宗教〉から生じる理想であり、人生の生き方である。その宗教は〈創造主〉への信仰よりも聖なる諸法則に関する知識に基づいている。
- 人間関係は愛、友情、友愛に基づいている。そのために全世界は平安と調和のうちに保たれている。
そうありますように
So Mote It Be!