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人生の意味
1.存在の意義
| 大自然の織りなす、強烈な各種の猛威に直面しつつも思索する技をもつ人は恐れ気もなく、宇宙の内に占める自己の位置を熟考する。 |
「30年前のこと、若い医者が、臨終の迫った生まれたばかりの子供の枕元に坐っていました。その両親は、なおもはかない希望を捨てず、奇跡を期待して止みません。しかし、医者として出来ることは何もなく、赤子と打ちひしがれたこの哀れな両親を見守るばかりです。・・・その医者というのは、実はこの私のことです。」
「この経験は、なぜ人が生れるのか、なぜこの世界は、人間各個人の間に、このような大きな差別を許すのかという理由を究めたいという強い欲求を私の心の中に起したのです。この疑問に対する解答を求めて、私はいろいろな研究所や図書館を訪ねました。しかし、今なおそれは得られず、私の欲求は続いているのです。」
これは名高いある医師の言葉ですが、人生の意味へのこの問いかけは何百万という男女の心の中にあるものをそのまま代弁しているのではないでしょうか。たしかにわれわれの大部分は、この人類の不平等に苦しめられています。生まれつき健康に恵まれ、いかなる病気にも免疫があるとさえ思われる人がいるかと思えば、一方では病むために生れているのではないかと思われるような人がいて、娯楽はおろか、つかの間の安らぎさえ失いがちです。また、することなすことがすべて好都合に行く人もいる。その事業はすべてみな黄金をもたらす――昔話で名高い、触れるものが全て黄金に化したという「マイダス王の手」を持っているようです。しかしまたその周囲には、やはり数多くの人が不幸に生き、苦しまねばならないのです。
ある人を他の人々よりも成功に導く何かがあるのでしょうか。ひたすら一事に努力することがそれをもたらすのでしょうか。いやそれだけではないということは、誰もが知っています。売ることと買うことだけを若者にいくら教えてみても、いい商人に育つ訳ではないし、医学部の限られた4年間の教育の教える原則だけで医者が作れるものでもない。ある人々だけが持っている、あるいは発見した未知の要素があるのではないでしょうか。
子供だった頃の事を考えてみましょう。今になって見れば、無害どころか有益と分かったものでも、当時は恐れていたものがあるはずです。
観察が行き届くにつれて、人生の未知の部分に触れることが多いのに当惑し、この未知の部分に比べて、既知の部分が少いことに気づき始めるのではないでしょうか。
日常の生活のうちで、心配、気がかり、当惑、さらには苦痛までもを招くものは、いつもこの未知の事物です。年を経るにつれて、未知のものも次第に既知のものとなり、そして今、あなたはそれを知り、見て、感じて、さらにそれに備えることができるでしょう。これは誰も奪い去ることのできない、あなた自身の力です。しかし、人生の障害に直面したとき、その全てを払い除け、たやすく乗り越えることができるとあなたは断言できるでしょうか。もしできないとすれば、改めて今すぐ、あなたというものの内にひそむ未知の要素を、さらに深く探究してみてはいかがでしょうか。――つまり、人間の間にこれほどの不平等を造り出す神秘的な法則を考えてみるということです。
人間が、人間について真の知識を学ぶということは、今、誰にとっても最大の力となるものです。
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